温暖な気候と豊かな自然 ―― 京都や大阪、神戸から車で1時間半の多可町。
播州百日どりやお米、有機野菜など付加価値の高い素材が多数あるなど、「農」のポテンシャルを秘めています。
そんな多可町で開催された農業体験ツアーの第3弾。
多可町で営農する農家や農園経営者が、農業活動や自然環境などリアルな農情報を伝えたツアーを写真レポートします。
参加者
Cさん
大阪からお越しのCさんはIT会社を経営。ある日、ふと「農業をやろう」と思いたったそうです。
「いまは各地を回って、農業の実情や栽培法などを学んでます」
Cさんが気になる品目は小麦とトウモロコシ。
事業化するための手法・経営を学ぶべく、多可町の農ツアーにも参加されたそうです。
ツアースタート
七代目藤岡農場
農業ツアーの第一部は七代目藤岡農場の藤岡啓志郎さんが講話。
多可町の農業環境を始め、ご自身が育てるニンニクや米、黒豆、酒米のお話や有機JASの圃場、それ以外の圃場でも農薬を極力使わない栽培などを解説されました。
特に熱を帯びたのは害獣被害のこと。
「多可町は山に囲まれているので、鹿やイノシシなどの被害が多い。いかに圃場を守るかが問われる中、ハンターが2、3人しかいなくなるなど、人手不足も問題です。もちろん、電気柵も使いますが、一頭が突っ込んで来くれば壊れて、二頭、三頭と次々入ってきてしまう。収穫直前、育った作物が根こそぎ食べられてしまうことほど、力の抜けることはないですね……」
こうした獣害対応も考慮し、「栽培する品目を決めることも大事」と藤岡さん。
「弊社も、ニンニクがその一つ。獣がね、食べないんですよ。鹿やイノシシに、ほとんどやられない。こうした強さに加え、営農のテーマ(健康作用が大いに期待される野菜)を兼ね備えていることから、主力品目にしています」
また、藤岡さんは営農における地域との関わりも詳しくレクチャー。
「田畑をするとき、地元の方々とのお付き合いは本当に大事です。特に有機農業となると、雑草の被い茂りや虫の発生がつきもの。私自身、水普請や落ち葉拾いに参加するなど、日頃から積極的につながり、地域の力になることを心がけています」
農場なつめやし
醤油かすや鶏ふん、近隣の山で集めた落ち葉など、有機物質だけで野菜を育てる「農場なつめやし」 。
その代表、祐尾智紗美さんは約10年間、100カ国以上をぐるりと歩いた旅人です。
「海外に行って、お金がなくなれば現地で働いて、それでもやりくりできなくなったら日本に戻ってバイト。貯めたお金でまた海外に行って(笑)」
世界各地の農場で働き、知恵や技術、世界観を育んだ祐尾さん。
「やりたい農業に、いちばんぴったりだったのが、生まれ育った場所でした」
その思いで故郷に戻り、年間約60種類の野菜を栽培しています。
Cさんが祐尾さんに「販売エリア」を尋ねると、「多可町中心なんです」と祐尾さん。
「『農場なつめやし』は、分け与えられるものを作りたいと思って始めました。お近くであれば、新鮮で美味しい状態の野菜を届けられるので」と、地域密着の理由を語ったあと、自然環境をともにする野菜と人との関係にも言及。
「私は、地域で育つ野菜には、その地域の人々が必要とする栄養を含んでいると思っています。風土とか環境とか、同じ環境で生きているので、自然とそうなるんじゃないかなと」
祐尾さんのお話に、Cさんは「地域に根ざす農業、深い意味があるんですね。自分の農業観が恥ずかしくなってくる……」と苦笑い。祐尾さんはすかさず、「そんなことありませんよ!」と声をかけます。
「野菜の消費量を考えたら、大きな農業スタイルや事業体があってこそ賄える。いろんな手法、いろんな役割がありますよね。うちみたいな有機物質だけで野菜を作る農家や有機JASを取得する農家さんにしても、しばらくそのスタイルでやってみて、慣行農法※に切り替える方もおられるし、その逆の農家さんもいますし、柔軟でいいと思うんです」
※慣行農法:国が定めるルールに基づき、農薬や科学肥料を使いながら行う野菜作り。
ここで、祐尾さんがCさんに質問。
「そういえば、CさんはIT会社をされているんですよね? なぜ、農業にご関心を?」
「お告げみたいなのがあったんですよ、ふとね、『子どもたちのために米や小麦を作れ!』って(笑)
農業でいうと、私は小麦とトウモロコシをやりたいですけど、なかでも小麦は輸入に頼りっきりでしょう……戦争や気候変動でどんどん入ってこなくなっています。ラーメンやパスタ、うどん……もしも小麦製品が食べられなくなったとき、大人は我慢するかもしれない。でも、子どもたちはかわいそうじゃないですか。
子どもにはたくさん食べて『美味しい!』と喜んで、大きくなってほしい。そのために、農業の事業を立ち上げたいなぁと」
「それと、土いじりって癒やされるじゃないですか。社員の健康にも役立つことから、ぜひ実現したいと思っています」
箸荷いちご園
多可町の北部、加美区箸荷(はせがい)。
冬になれば雪が積もる集落で、いちご園を営むのが吉川知弘さんです。
「会社員としてイチゴ園の運営を始め、経営そのものを受け継ぐ形で独立しました」
箸荷いちご園は2つの方法でいちごを栽培。
「香川式と兵庫式を併用しています。前者は、いわゆる『高設養液栽培』。専用のビニール袋に土を入れ、そこにイチゴの苗を植える方式です。
後者も『高設養液栽培』ですが、容器が袋ではなく発泡スチロール。容器の底が厚いから冷えにくく、土もたくさん入る。イチゴも早く、大きく育ちます」
この日は11月半ば。クリスマスシーズンに向け、いちごの生育が待たれる時期です。ハウスの中には、色づくいちごも、ちらほらと……。
「でもね、始めに赤くなるいちごは甘くないから、残念ながら売り物になりません(笑)寒暖差が大きくなり、どんどん寒さがきつくなって……いちごに甘みが凝縮してからが本番ですね」
今年の出来は「今のところ、順調」と吉川さん。
「近隣のいちご園は、まったく実りがないところが多いみたいで、どうしてうちだけ……? よくわからないんですけどね(笑)」
軽妙かつ、酸いも甘いも噛みしめてこられた吉川さんの語り口に、体験ツアー一行も引き込まれます。
「おそらく、クリスマスの出荷は大丈夫。でも、いちごのシーズンは長丁場なので、何があるか……というか、毎年、なにかしら起こります(笑)」
常時、3種類以上のいちごが食べ比べられる箸荷いちご園。品種の数だけ手間暇がかかるということ ―― Cさんが尋ねます。
「ハウスの苗はどれくらいですか?」
「1万4000~1万5000株ですね。翌年、育てる苗は2月に準備します。収穫が始まるのが12月、そこから春まで出荷とイチゴ狩りのご案内をして、平行しながら次の年の苗を準備して……いちご農家は休みがありません(笑)」
急な冷え込みに襲われた、多可町農業ツアー。
ハスウの暖かさに体を癒やしながら、農作物の加工事業や設備投資、人件費、補助金の種類や書類作成、自治体との協力関係 ―― 意見交換が続きます。
ツアー後記
第3回多可町農ツアーも無事終了。
有機JASの圃場を中心に営農する七代目藤岡農場・藤岡さん。
人と作物にとって自然な農法を実践する農場なつめやし・祐尾さん。
2種類の栽培方法を使い分け、いちごの栽培・体験事業を切り盛りする吉川さん。
3人の講師、それぞれが経験と実践に根ざしたお話を聞かせてくれました。
そんなツアーの終わり、Cさんに感想を尋ねたところ「いいですね! 多可町」と即答。
「高速を使って滝野社ICで降りて、そこから多可に近づくにつれ……『なんかいいなぁ』と思ってましたが、ツアーで回っていたら、その思いがますます強くなりました。川と山、緑のバランス ―― 暮らしに困るほどの田舎じゃないし、道も走りやすい。好きになりました」
さらに、新たな着想が降りてきたご様子 ――
「私は兵庫出身なので、県内に農地を広げたいと思っていましたが、今日、第一候補が見つかりました。多可町! この町で小麦を育てたいですね」
▼運営
㈱多可町地域商社RAKU
多可町の有機栽培野菜については買取販売を実施。兵庫県内でのマルシェ活動や販路拡大を通して農産品のPRを行っています。
空き家を通した移住定住支援や空き家の利活用なども行っています。
まずは知ってみる!やってみる!という方、下記、イベントページからお気軽にお問合せください。