いちごを作って暮らす ~吉川知弘さん(箸荷いちご・ブルーベリー園)

 「こんな状態は……20年間で初めて」

 そう言って首をかしげるのは吉川知弘さん。
箸荷いちご・ブルーベリ園の園長です。

 「イチゴの花が全然咲かなかった……。例年、イチゴの出荷は九州地方から始まるんですが、それもまだ。全国的に生育が遅れているようでね、どうなっているんだろう、今年は」と腕組みをし、吉川さんはハウスを見渡します。

読める? 読めない?

 「イチゴに異変が起きている」という噂を耳にし、取材に出かけました。

 訪ねたのは箸荷いちご・ブルーベリ園
 多可町の北部、冬も深まれば雪が降る、加美区の老舗農園です。

 ここで質問!

「箸荷」って読めますか?

 初めてこの名を目にしたとき、「はし……に?」と、そのままですね(笑)
 「たぶん違うよなぁ」と思いつつ、正しい読み方はわかりませんでした。

 正解は「箸荷=はせがい」。

 はせ……も難しい読み方ですが、が、が、がい! 
 「荷=がい」はナポレオンの辞書にだって載ってないのでは?!

 ほかにも「鳥羽」(とりま)、「岩座神」(いさりがみ)など、教えてもらわないと読めない地名がある兵庫多可町。

 「安楽田」(あらた)は以前「荒田」だったけれど、願いを込めて改名された ―― など、逸話も残っているようです。

いちごの栽培方式 ~香川方式と兵庫方式

 本日の主人公、吉川知弘さんは多可町生まれ。
 会社員としてイチゴ園の運営を始め、昨年4月、経営そのものを受け継がれました。
 まさに土地に根を降ろし、イチゴを栽培する農家さんです。

 「開園したのは……20年ぐらい前。当時、兵庫県はイチゴの栽培に取り組んでなかったんですよ。だから、開園は決まったけど、イチゴの作り方なんて、さっぱりわからない(笑)
 いろんな人に相談して、たどり着いたのが香川県。イチゴ畑の総面積で国内1位だったこともあって、その栽培方式を取り入れたんです」

 香川をイチゴ王国にしたのが「高設養液栽培」。
 専用のビニール袋に土を入れ、そこにイチゴの苗を植える栽培方式です。
 「高設」というだけあって、袋は地面から1メートルほどの高さに置かれます。

「香川式」で育てられる苺

 箸荷いちご園も、香川方式でスタートダッシュ!とはならなかったそうで ―― 

 「期待外れだった(笑)やってみたけど、膨らまなかったんですよ、イチゴ。まぁ、考えてみれば当たり前ですね。気候、気温、土と水の質、なによりも日照時間……加美区と香川とでは大きく異なる。いまでこそ笑い話ですが、当時はそれだけ手探りでした」

 それ以来、イチゴ栽培に工夫と改善が重ねられ、2010年ごろから本格的に導入されたのが「兵庫方式」。

 「香川方式と同じように高設養液栽培ですが、容器が違うんです。香川方式は袋、兵庫方式は発泡スチロール。こっちは容器の底が厚いから冷えにくく、土もたくさん入る。だからイチゴが大きく、早く育つんです」

こちらが兵庫方式。香川方式と同じ高さに置かれるが、容器は​​​深い。

 兵庫方式の確立によって、はじめて比較できたこともあったのだとか。

 「香川方式のイチゴは育ちが遅い……大きくならない……ずっと、そんな風に思っていました。それが兵庫方式の確立によって、香川方式を見直すことになった。
 冬が寒い加美で香川方式を使うからこそ、イチゴがゆっくり育ち、甘味もじっくり溜まる。だから甘い。これは何よりの強味だなぁと」

いちごの異変

 天変地異に見舞われた2020年。
 年の初めから春にかけ、新型コロナウイルス感染拡大で世界中がパニックに陥りました。

 国内を振り返ると、学校の休校やオフィスワークの自粛、東京五輪の延期、緊急事態宣言……天候をさかのぼると、梅雨が長引き、とりわけ7月の降水量が増大しました。


 ようやく暑くなったかと思えば、今度は残暑が終わらず ――

 「梅雨明けが遅れに遅れ、暑さは9月の終わりまで、ずっと続いた。イチゴがね、たぶん……冬を感じてない(笑)まだ、秋ぐらいの気持ちでいるんじゃないかな」

 本来、イチゴの旬は春以降。
 でも、最近はイベントが重なる12月が第1のピークだといいます。

 「クリスマスがあり、大晦日や正月があり、イチゴの需要がぐんと上がります。農家としては出荷のピーク。毎年、常連さんを始め、お菓子屋さんやスーパーさん……納品と収穫で目が回るほど忙しい。
 それが、12月も中旬になって、イチゴがまったく育たない、赤くならない。問い合わせは例年通り……それ以上に頂いてるんですよ。
 全国的にイチゴの生育が遅れているから、商売されてる方なんて、素材集めに必死ですよね。クリスマスケーキにしても、予約でいっぱいでしょうから」

 不測の事態に、プロも困惑を隠しません。

 「20年以上やってきて、こんな状況は初めて。今年は、なぜだかミツバチも飛ばなくて……。いつもなら巣は1箱でいいのに、3箱も入れたんですよ」と、ハウスを見渡す吉川さん。

「地元のお客さん、常連さん、取引していただいてる皆さん、みんな待っててくれてるので、寝ずに頑張ってなんとかできるものなら……したいんですけどねぇ」

 不眠不休で働いても……それこそ、あのボナパルト以上に睡眠時間を削ってイチゴの生育に勤しんだとしても、「んー、今年は本当に厳しい」と吉川さん。

 親の心、子知らず? 

 人の心……イチゴ知らず……?

 ようやく咲き始めたという花に、ブゥゥん……黄金色の蜂が止まっては、めしべの上をちくちくと動きます。

 「やっとミツバチが飛びはじめて、というか飛びまくってる、3箱分(笑)肝心要のイチゴも、クリスマスに間に合ってほしいんですけどね」

▼箸荷(はせがい)イチゴ・ブルーベリー園
HP:http://www.kita-harima.jp/modules/xdirectory/singlelink.php?lid=297

広大なハウスのなかで、一粒だけ、色づくイチゴがあった

取材・ライティング:黒川直樹

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