大谷夫妻は馬のプロフェッショナル。馬術競技者として活躍されたお二人は現在、経営する多可町の牧場で馬の調教や馬術指導を行なっています。
そんなご夫婦と、馬を乗りこなす3人のお子さんは滋賀県からの移住ファミリー。移住先を探し始めるまで「多可町のことを全く知らなかった」と口を揃えます。
お仕事的に、牧場や厩舎が不可欠なはず……馬の産業が盛んとはいえない多可町に、なぜ来られたのでしょう? また、年頃の子どもたちを連れ、移り住むことに不安はなかったのでしょうか?
今回、多可町ラッピングバスプロジェクトの特設サイト用インタビューにご快諾いただき、移住者として、多可町民として、暮らしのリアルを語っていただきました。
家族構成と多可町歴
夫:直生
妻:香名美
長男:永吉
次男:文志
長女:華乃
多可町歴:3年目
※2019年5月:(株)カイマナファーム設立ご夫婦のキャリア
―― まずはお二人のキャリアから教えてください。直生さんはどちらのご出身ですか?
直生さん ―― 北海道の旭川です。
―― 馬に出会われたのは、旭川でしたか?
直生さん ―― そうですね。高校までは旭川の乗馬クラブで馬に乗り、卒業と同時に、大阪の乗馬クラブに就職しました。それから13年くらいでしょうか、インストラクターとして働きました。
その後、奈良の乗馬クラブに移ってインストラクターをした後、この職業からは離れ、馬を輸送する馬運車(ばうんしゃ)を17年間ほど、運転しました。
―― 香名美さんの故郷はどちらですか?
香名美さん ―― 大阪府です。ごく一般的な家庭に生まれたましたが、実家から車で15分くらいのところに乗馬クラブがあって。中学生くらいからですかね、姉と一緒に通いはじめました。それからは学校とクラブを往復する生活でした。
―― 香名美さんは国体(国民体育大会)の馬術で優勝されているとか。
香名美さん ―― そうですね。国体には高校3年生から毎年出させていただいて、優勝経験は3回あります。
―― 3回?! レジェンドですね。
香名美さん ―― いえいえ、いい馬に巡り合いました。
「ここだな」と直感 ~移住の理由
―― ご夫婦そろって馬と深く関わりながら、暮らして来られたことが伝わってきます。滋賀での暮らしも順調だったと思うのですが、どういった経緯から移住を考えるようになったのでしょう?
直生さん ―― 子どもたちが大きくなるにつれて、馬に乗る機会が増えました。ただ、学校があるし、生活の時間には限りがあります。馬に乗りに行くにも時間がかかる。それなら牧場施設があるところに引越そうということで、移住先を探すようになったんです。
―― 多可町は馬の産業が盛んな土地ではありませんが、それでも移住された決め手はなんだったのでしょう?
直生さん ―― それは彼女が詳しいです。
香名美さん ―― すみません、私の一存で決まりました(笑)
―― そうでしたか(笑)ぜひ、詳しくお聞かせください。
香名美さん ―― 始めは、住んでいる滋賀県から、遠くに行かずに済む場所を探していました。でも、なかなか出合いがなくて……遠いところだと京都や山梨まで、車で行ったのですが。
―― 出合いということは、事前に施設を見つけておくのではなくて……
香名美さん ―― そうですね。牧場施設って、不動産屋さんの管理下にないところが多いので、見当をつけて車で探しながら、すこし気になる場所があったら、地元のおじいちゃんに「これ、誰の土地ですか?」と尋ねてました。
訪問を続けているうち、知人から「兵庫に空いてる施設がありますよ」と連絡をいただいて。それが多可町でした。町のことは全く知らなかったのですが。
―― 多可町にお知り合いがいたとか、馬のつながりがあったとか、そういうことではなかったんですね。
香名美さん ―― はい。でも初めて来て、この土地に入ったとき「あ、ここだな」と。理由もなく……直感でそう思って、決めました。
そのときたしか、長男と一緒に来ていたので、「住もうと思うんだけど」って言った覚えがあります。
―― 栄吉さん、覚えてますか?
栄吉さん ―― 覚えてません(笑)
香名美さん ―― え?(笑)
―― そんなに昔の話じゃないですよね(笑)
香名美さん ―― むこうの池の近くで話したんですけどね(笑)子どもは転校になるし、伝えておかなきゃなと。長男にだけでしたけど。
―― ご夫婦は、転居先で牧場や厩舎を経営する予定だったと思うのですが、土地・立地に必須な条件はありましたか?
直生さん ―― 牧場や厩舎をゼロから作るとしたら、許可申請などクリアしなければならないことが沢山あるんです。当然経費もかさみますし、空いてる施設があればいいなと思っていました。多可町に見つかってよかったです。
―― そうでしたか。土地への直感と施設があったことと、どちらもピタっと合うなんて、そんなことが起きるんですね……。実際に移り住まれて、最初の多可町のイメージはいかがでしたか?
香名美さん ―― 住み始めたのが小学校の卒業シーズンだったのですが、卒業証書が杉原紙の和紙なんですよね。「え? 和紙?!」って驚いて(笑)
素晴らしい和紙があって、それを生徒が自分たちの手で漉いて、記念にしてるんだなって分かったり、山田錦のお酒も有名だったり、お米が美味しいし。お水もきれい。
どんどんいいところを発見できました。
多可町の暮らし
―― 現在の業務内容を教えていただけますか。
直生さん ―― 扱っている馬のトレーニング、調教ですね。それと、騎手への馬術指導。この2つがメインです。
香名美さん ―― 滋賀で「カフェ カイマナ・リオ」というカフェも経営しています。ランチメインの営業で、なるべく地元のお野菜や玄米など使い、自然食のメニューです。
私がパティシエの勉強をしてきたので、ケーキ類とかスコーンとかも置かせていただいてます。
公園のなかにあるので、自然豊かな感じは、カイマナファームに似ているかもしれません。
―― 多可町の食材も使われますか?
香名美さん ―― はい。滋賀にも多可町のいいところ、もっと紹介したいので、町の駅でいろいろ買っていったりとか、お付き合いさせてもらっている農家さんから野菜を購入したりだとか。ときどき、「多可町産の食材を使っています」とメニューに書くこともあるんです。
―― お客様の反応はありますか?
直生さん ―― 「多可町ってどこ?」って言われます(笑)
親子で過ごす365日
―― 多可町に住まわれてからの子育て、変わったこともありそうですが、ご実感としていかがですか?
香名美さん ―― 土地の開拓から家族みんなでやったこともあって、子どもが頼れるようになりました。馬のことも生活のことも、一人前の大人に支えてられている感じです。家族の関係性はさらによくなりました。
―― 施設は出来上がっていても、開拓的な作業が必要だったんですね。
香名美さん ―― そうですね。牧場が背の高いススキに覆われていたり、片づけられてない場所があったりしたので、まさに開拓でした(笑)滋賀のお友達も重機を運んできて、手伝ってくれたんですよ。
―― 直生さんは、多可町における子育てについて、どのように感じられていますか?
直生さん ―― 子育てだけではなく、生活そのものが大きく変わりました。
先ほどお話したように、僕は競走馬を輸送するトラックに乗っていたんです。週末、金曜日から月曜の朝くらいまで移動、移動の連続。やっぱり、週末家にいないっていうのと、そこに移住してからは1週間、365日、子どもと居られるというのが大く違いますね。
子育てに関しては、朝の餌やり、厩舎作業、馬の調教 ―― 業務に関わる全てをこの場所で、子どもたちと一緒に出来るんですよ。馬を通じての子育てを実感しています。幸せです。
―― 華乃さん、お父さんがずっと近くにいるようになって、どう思いましたか?
華乃さん ―― うれしい。
―― それまでは週末、ちょっとさみしかったりしましたか?
華乃さん ―― うん。
―― 文志さんは、お父さんがずっと一緒にいる暮らしになって、どう感じていますか?
文志さん ―― 乗馬を教えてくれるから、いいかなって(笑)
―― お子さんたち、何歳くらいから馬に乗るようになったのでしょう。
香名美さん ―― そうですね……文志が一番早かったかな?
文志さん ―― 小学2年生。
直生さん ―― 3人のなかで、彼が一番最初に乗り始めたんですよ。強制したわけじゃないですけど、滋賀に住んでいるとき、近くに栗東のトレーニングセンターっていうのがありまして。
仕事柄、そちらに行くことがしばしばあって、文志も時々一緒に出掛けて。行けば馬がいるので、「乗りたい、乗りたい」と言うようになりました。次に長男が、小学4年生くらいからですかね、乗るようになって。
華乃はここに来てからだね?
華乃さん ―― うん。
直生さん ―― 上の2人は大きな馬にも乗れるようになったので、去年は全日本ジュニア障害選手権という大会に出場しました。
―― 全日本ジュニアとなると、大きな大会ですね。
直生さん ―― ジュニアの大会は年齢で3つに分かれていて、2人が出たカテゴリーで馬が80頭くらいですね。大会全体では300頭くらい。
―― 馬は大会が用意するんでしょうか?
直生さん ―― いえ、うちで育てている2人の馬です。開催地が山梨県だったので、そこまで一緒に移動しました。
―― 試合当日、馬の機嫌はどうでしたか?
永吉さん ―― よかったです。
直生さん ―― やっぱり、練習で出来ないことは本番で出来ないので、環境が変わっても馬の調子が変動しないように、日頃からトレーニングするんです。
―― 華乃さんも出てみたくなりましたか?
華乃さん ―― 出てみたい……(笑)
移住後の子どもたち
―― 多可町に来て、お子さんにどのような変化がありましたか?
直生さん ―― こういう環境なので、のびのびと育っている感じです。小学校もクラスの人数が少ないというのもあって、手厚い指導や教育が受けられます。集団登校にしても、地域のおばあちゃんたちが一緒に通学してくれるのですが、その風景が微笑ましいし、地域のつながりに感謝しています。
―― 香名美さんから見て、いかがですか?
香名美さん ―― ほとんど同じ感想になります。いい環境で過ごせているかな、と。
引越してきて一番気になっていたのは、子どもたちの人間関係だったんですが、始業式が終わったあと、文志の同級生がたくさん遊びに来てくれました。
「なんて名前?」とか、わいわい盛り上がっていて。もう……嬉しかったし、安心しました。それからは、子どもたちのお母さんだったり、おばあさんだったりもすごく声をかけてくださって。
地域性なんでしょうかね。おおらかに迎えてくれる環境で、子どもたちものびのび育っています。
―― 華乃ちゃんは、いまどんなことして遊ぶのが楽しいですか?
華乃さん ―― んー、ドッジボール。取るのも投げるのもあんまり得意じゃないけど……楽しい(笑)
―― 永吉さんは何が楽しいですか?
永吉さん ―― 馬に乗ってるときです。
―― 文志さんはどうですか?
文志さん ―― 僕も馬に乗るのが楽しいです。
直生さん ―― 文志の夢がジョッキーなんですよ。まだ体がちいさくて無理はできませんが、これからもっともっと馬に乗って、上手になってほしいと思ってます。
多可町って、暮らしてみるとどんな町?
―― 移住から2年間、暮らしてこられた多可町に、いまどんなイメージを感じているかお聞かせください。まずは永吉さん、お願いします。
永吉さん ―― 静かでいいところだと思います。
―― 文志さんはいかがですか?
文志さん ―― 地域の人が優しいです。
―― 華乃さんはどうでしょう?
華乃さん ―― うーん……(照)
―― 新しい友達と楽しく過ごせる町?
華乃さん ―― うん(笑)
―― 誘導尋問でしたね、ごめんなさい(笑)香名美さんはいかがでしょう?
香名美さん ―― 多可町のことを何も知らずに来たので、それこそ和紙やお酒に魅力があるとか、いろんなことを知りました。馬の寝床にする木くずをもらえるところを探していたら、製材所さんとお知り合いになれたり。
多可町は、何かに真剣に取り組む方が多いのかなという印象があります。有機農法にこだわる農家さんが、野菜や栽培について詳しく教えてくださったり。
直生さん ―― 多可町は静かな環境だし、穏やかな気候だし。馬にとっても、人間にとってもいい環境ですよね。「多可町は雪が多くて寒いでしょ?」って言われることも多いですが、全然そんなことはなくて、暮らしやすい。
―― 直生さんは雪どころのお生まれですし、多可町くらいの降雪量では、降っている感じがしないのでは?
直生さん ―― いや、でも、この冬はいくらか冷え込みを感じましたよ。それにしても、生活には苦にならない程度。雪が降れば、子どもたちは雪遊びができて楽しそうです(笑)1日くらいで溶けてしまいますけどね。
―― 多可町に来られるまえは、不安や覚悟みたいなものもあったのでしょうか?
香名美さん ―― スーパーは近くにあるのかな?とか、生活面の不便さは覚悟していました。でも、実際に暮らしたら不便はまったくなかった(笑)
香名美さん ―― また、牧場は森に囲まれているので、ビジュアルはド田舎ですが、暮らしとしてはある意味最高。言葉が適切かはわからないですが、「便利な田舎」っていう感じでいます。
直生さん ―― 車さえあれば、不便さは感じないですね。多可町をあまり知らない方が思われるであろう大変さ、不便さについては、心配ないんじゃないでしょうか。
―― では「多可町がもっとこうだったら」ということ、あまり感じないでしょうか?
直生さん ―― そうですね、はま寿司があったらいい?(と子どもたちを見て)
子どもたち ―― うん(笑)
直生さん ―― 子どもたちはね(笑)
―― 多可町を移住候補地にされている方に、メッセージをお願いします。
直生さん ―― 静かでいいところですよ。ものすごく野菜が美味しいし、人も穏やかな感じがします。
香名美さん ―― 私は「超お勧めです!」の一言です(笑)
取材後記
多可町ラッピングバスプロジェクトのサイトを作るにあたって2本、オリジナルのインタビュー記事を公開したいと思っていました。語り部はぜひ、移住家族に、と。
たかテレビの紹介により、インタビューが叶った大谷ファミリー。国際的な大会に出場するほどの馬術競技者のご夫婦が、この町で牧場や厩舎を経営? ご経歴を伺ったとき、ぼくの多可町感は大いに揺さぶられました。
牧場に伺って、またびっくり。そのスケールたるや広大! 香名美さんがおっしゃる通り、牧場は森林に囲まれ、清潔な厩舎は何頭もの馬が休んでいました。鍛え抜かれた筋骨、情感に濡れた瞳、たてがみと肌のかぐわしい香り ―― 自然光に照らされる厩舎のなかで、どの馬も朗々と輝き……
そんな馬に跨り、牧場を自在に駆け回る3人兄妹。永吉さん、文志さんのお兄さん2人はもとより、末っ子の華乃さんまで軽々と騎乗し、障害を踏破していくんです。それも、直生さんによると「バーの位置、普段より随分低いんですよ」らしく、3人の姿が頼もしく見えました。
大谷ファミリーの多可町暮らしも3年目。家族総出で開拓した土地に馴染み、愛馬、そして愛犬と過ごす多可町ライフの実感、インタビュー記事から感じていただけるのではないでしょうか。
こちらはたかテレビのYouTubeチャンネルにUPされた大谷ファミリーの動画です。
取材:たかテレビ/黒川直樹
撮影・ライティング:黒川直樹